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いま時代が手の中に

櫻井翔さんと嵐を応援するブログ

誰かに

新年早々仕事仕事だったのがようやく一段落ついた。根がクズなので一生懸命働くようにできていないからしんどかった。
ようやっと「君に捧げるエンブレム」を見ることができた。

鷹匠和也のファンになってしまった。
自信家で負けず嫌いで、走り出したら止まれない。
でも本当は負い目や寂しさを奥に隠していて、振り返った時そこに誰もついてきていないことに絶望することだってある。
それでも何度倒されようが立ち上がる、立ち向かってくる、前に進むことを選ぶ。それしか選べない。
悔しさには顔を歪めるのに、寂しい時、諦めてしまった時は笑うところに鷹匠和也の背負ったものを感じてしまって切ない。あの笑顔切ない……。
車椅子バスケが生きていくための命綱だ、という捉え方というか表現がすごく響いた。
鷹匠和也にしたら車椅子バスケは、自身の状態やハンデを忘れて没頭できるものだからっていうことなのかもしれないけど、単純にそれ以上に、車椅子バスケという競技に嵌って虜になってしまっているからという側面もあるんじゃないかなあそうだといいなと妄想している。
元々物語において「○○が無いと生きていけない」ようなキャラクター、特にスポーツ選手がすごく好きで(例えばハイキューの影山飛雄、スラムダンク流川楓)、鷹匠和也にもそれを勝手に感じてしまったということなんだけど。
そしてそれ以上に必要としている存在が未希さんとりょうちゃんだとちゃんと伝えられたのも良かった。
ていうかりょうちゃん、パパのこと大好きですごくかわいい……。パパかっこいいよね、憧れちゃうよねそりゃあ。階段登ってる時パパのジャケット着てるのが最高にかわいかった。これからはもっといっぱい甘え倒しちゃえ。。
和也&大隼vs神村さんは少年漫画的な熱さがあって良かった。もっともっとここの闘いを見たいなあ。

続編というか、合間の話というか、そういうのをもっと見たくて、SP2時間ちょいだけで終わるのがもったいないと思ってしまうそんなドラマだった。
彼らのもっといろんなところを見たい……!!



翔さんだということ、中の人をほぼ意識しなかった。完全に鷹匠和也だった。鷹匠和也の物語のその一部だった。
タイトルの「君」が誰のことを指すのかはそれぞれの解釈でいいのかな。私は「サッカー選手の鷹匠和也」を推したい。
たった一人で一つ目のエンブレムを掲げた君に、その道を閉ざされてしまった君に。支えられて、支えて、倒れても立ち上がってきた彼が捧げる二つ目のエンブレム、ということで。